ヒメアノ〜ル

【評価】★★★☆☆

中原中也さん何やってるんすか。

【批評】
森田演じる森田剛の演技は圧巻だった。
簡単に人を殺しちゃうヤバい感じ、普通の人にはあるものが足りない感じ。狂気の演技がはまり役だった。
彼を映画で見たのは『人間失格』のときの中原中也以来で、あのときは「なんで森田剛がでてくるの?」と思ったが、今回ばかりは見事な怪演である。
しかし、例え高校時代であっても彼のキャラはいじめられないだろうし、濱田岳と友達になることもないだろう。そのあたり、過去と現在の繋がりに違和感があって、原作改変の歪みが出ている。
 
ただ、監督が原作からストーリーを変えたことは賛成だ。そもそも、原作では森田と岡田は最初以外は交わらない。さらには森田と安藤が会話することも一切ない。原作のオチは森田が公園で寝てるところをサラッと逮捕されるだけであり、このオチには古谷実ファンの間でも批判が多い。これをそのまま映画化しても当然つまらないので、今回のような岡田と交わらせるラストを描くために、過去に友達だったという設定を加えたのだろう。
 
映画表現で好きだったのは、岡田のセックスシーンと森田の殺人シーンが交錯するところ。人にとってセックスが快楽であるように、森田にとって殺人が快楽であることが分かりやすく説明されていると同時に、エロとグロが同居する奇妙な体験をすることが出来た。本映画最高のシーンだと思う。
 
原作の森田はあくまで人の(特に女の)首を絞めることに性的興奮を感じる人間であり、その目的のために邪魔な奴は殺していくという設定だ。しかし、映画の森田は殺人自体に興奮するようで、死体を前にオナニーしたりする。一方でレイプもするので、もはや人を殺したいだけなのかレイプがしたいのかよく分からないけどとにかくヤバい奴といったキャラクター像だ。
 
R15指定なだけはあって、グロ描写には手加減がなく、思い切っていてよかった。鉛筆が喉にささるのとか、怖いだよなぁ、すぐに死なないのが。
 
 
ただ、映画としては全体的にディテールが甘くてB級を脱せない感じがある。
 
例えば、安藤は森田に背中から拳銃で撃たれるのだが、奇跡的に死なない。あんな至近距離で撃たれて、しかももう一発(たしか股間に)撃たれて出血しているのに死なないのはおかしい。私はこういうのを「都合の良い生存」と呼ぶことにしている。
つまり、安藤はメインキャラクターなので死なせることができないのだ。メインキャラクターが殺されると観客の理解を得られないのでその都合は分かるし、私も安藤が殺されたら嫌なのだが、だったら死なない理由が必要だろう。邪魔が入ってトドメを入れれなかったとか、安藤が逃げて急所に当たらなかったとか。数々の殺人を成功させてきている奴があの状況で殺し損ねるわけがない。安藤の生存はあまりにも都合がよくて興醒めだ。すぐに意識を取り戻すし。
 
あと、ラストでユカが襲われているところに岡田が助けに入るシーンには問題がある。ユカは家に帰ったときにドアにチェーンを掛けている。なのにその後に岡田は勢い良く部屋に入ってくる。これは確実に辻褄があっていない。窓から入ったことも考えられるが、だとしたらあんな勢いでは部屋に入ってこれない。なぜこんな初歩的なミスに気付かないのか。映画監督としての力量が問われる。
 
また、ユカのキャラクター設定も気に入らない。原作では「高嶺の花だけど話してみたら純粋でいい人」だが、映画では「セックス経験の多いぶりっ子女」という設定で、あまり可愛いと思えない。ていうか完全に作られた上目遣いで性格の悪ささえ滲み出ている。ユカが岡田に惚れた理由は不明であり(さすがにタイプというだけでは苦しい)、岡田が悪い女に騙されてる雰囲気すらある。これでは、ラストにユカが森田に襲われるときに、「ついにユカに魔の手が!」という感じが薄れてしまってよくない。もちろん可哀想なんだけど、なんか求めていたのと違う。
 
一方で濱田岳ムロツヨシの笑えるやり取りは秀逸で、映画の緩急に役立っている。安藤のキャラクターがあるからこそこの映画を見ることができ、まさに、観客の心の安らぎシーンとなっている。
 
そして忘れられないあのタイトルシーンである。『ピンクとグレー』にもあったような、「こっからが本番ですよ」という不気味さ。それまでが楽しいギャグシーンだっただけに、怖さが倍増される。「甘いシーンで楽しんでんじゃねぇよ」と脅されている感じで、なかなかの恐怖感だった。
 
グロシーンに問題がなければ、ぜひ映画館でこの恐怖を味わってほしい。