彼女がその名を知らない鳥たち

【評価】★★★☆☆

陣治は「いい人」ではない。

 

【批評】

 

◾️導入の巧みさ

 

まず冒頭の10分で引き込まれた。

 

上手い映画というのは、主要な登場人物のキャラクター(性格、置かれている状況、表面上の関係性)を画で簡潔に説明するものだ。

本作では、はじめに十和子(蒼井優)のクレーマーっぷりを描くことで、十和子が満たされない毎日を過ごしていることを表している。また、一瞬見切れた男の影を追うシーンだけで、過去の男に未練があることも説明している。

陣治(阿部サダヲ)が過剰に十和子が大好きなことも、その陣治の不潔っぷりで嫌な感じも、電話と食事シーンだけで手際良く表現されている。

映画の冒頭が入りやすいことは、映画に感情移入できるためにとても重要なファクターであり、そこをクリアしているだけでも、本作は優秀である。

 

 

◾️なぜか汚い陣治

 

また、陣治をあえて極端に汚く映しているところも面白い。彼は顔面が常に黒ずんでいるんのだ。いくら土建現場の作業員といえども顔ぐらい洗うし、あんなに汚れているのは不自然である。つまり、意図的に汚くしているのだ。

 

これについては、「十和子の黒い過去を陣治が引き受けているがために、陣治は薄汚れている」ということが後から分かる。終わってから振り返ってみると、観客が陣治に抱いていた違和感はここから来ていたのかと、関心させられる。

 

 

◾️食事シーンから見える繋がり

 

作中での十和子と陣治の食事シーンは、観客の記憶に残る印象的なシーンであるが、本作では食事シーンによって二人の繋がり具合を表現している。

マンション生活初期の回想シーンでは幸せの象徴であるすきやきを食べる。十和子が満たされていないときは、うどんのような味気の薄い食事。男ができてすれ違い始めると、パンは潰れるし、外食になってしまう。

 

最も面白かったのは、陣治が殺人犯であることが分かった直後に肉を焼いて食べていることだ。(しかもそれなりに美味しそうに食べるのだ。)ここでは、これまでとは違う、二人のヘビーな関係性の始まりを暗示していると思われる。

 

 

◾️タッキリマカン

 

十和子と水島(松坂桃李)のホテルシーンで、「タクラマカン(タッキリマカン)砂漠」が「永遠の死」を意味する、という話が紹介される。

鑑賞中は、十和子と水島の関係が、所詮は不倫であり、虚しい終末を迎えることを暗示しているのかなと思っていたが、後からは、むしろ十和子と陣治の関係に未来がないことを表しているのだと感じた。陣治と住むあのアパート部屋こそが、未来のない、「永遠の死」の居場所なのかもしれない。

 

 

◾️陣治は「いい人」ではない

 

さて、終映後のお客さんの会話を聞いていると「結局、陣治がすごいいい人ってことだよね」と話していたり、いくつかのレビューサイトでも「陣治の無償の愛に感動した」とあったりするのだが、私はその評価には賛同できない。

 

陣治は全然いい人ではない。十和子よりもよっぽどメンヘラで、DV気質だ。

 

ストーキングが過度なことは勿論のこと、車で一方通行を逆走しても「まぁいっか」で済ませてしまうところに、人の道を外しかねない異常性が垣間見える。(まあ、これらは「陣治が黒崎を殺した」と観客に思わせるミスリードでもあるのだが。)

 

さらに、出会いの回想シーンのときには、陣治は十和子にメダカを買ってくる。あの場面を「純粋だけど不器用な陣治」みたいに笑ってほっこり見ることはできない。メダカを虫かごに入れているんだよ。あんなメダカ、すぐに死ぬわけで。あれは暗に「十和子を虫かごに入れて飼い殺したい」っていう陣治の欲望が表れているシーンで、凄いホラーだと思う。

 

 

◾️なぜ陣治は自殺したのか?

 

また、観客は終映後にある疑問も持ったであろう。それは、なぜそこまで十和子への所有欲をもつ陣治が、最後には自殺を選択したのか。この理由について作中では十分に説明されていない。

 

表向きは、「十和子の罪をかぶるため」だが、だとすればやはりなぜ自殺しなければいけないのかわからない。

黒崎の殺人も、水島の傷害も、まだ明るみに出るとは限らない。むしろ、陣治があんな目立つ自殺をすれば、それらの事件が表面化する危険性は高まるであろう。そして仮に事件がバレたとしたら、陣治が罪を被って生きたまま刑務所に入ればいいじゃないか。

 

つまり、陣治の自殺は辻褄が合わない行動であり、フィクション性が強い。そしてそういう描写には、必ず作り手の意図がある。

 

そこで、私は以下のように考えている。

 

 

長澤まさみが夫の錦戸亮のDVに苦しむドラマ『ラスト・フレンズ』でもあったが、メンヘラは最後には自殺する。それは、自殺すると「その人の永遠になれるから」だ。

 

目の前で人が「君のことを愛してる」って言って自殺したら、どんなに嫌いでも永遠の存在になってしまう。好きかどうかは別にして忘れることができなくなる。ましてや今回は、「十和子が子供を産んだらそれは俺や」と発言している。これは恐怖だよ。

例えば、将来、十和子が新しい男と幸せになったとしても、陣治の存在からは逃げられないのだ。ある意味、究極の束縛である。そしてこんな考えを持つ陣治を「いい人」と判断することは私にはできない。

 

 

 

勿論、陣治以外の男がクソなのも間違いない。

 

つまり、「彼女がその名を知らない鳥たち」は、歪んだ恋愛感を持った鳥たち(=男たち)の話だったのだ。