ダンケルク

【評価】★★★★☆

これがノーラン流実話映画なのか!

 

【批評】

戦争映画というよりは、脱出サスペンス映画である。

 

あのクリストファー・ノーランが戦争映画を撮るわけだから、「正義とは何か」「戦争とは何か」みたいな小難しい話をこねくり回してくるものだと予想していたら、実際はその真逆の構成だった。つまり、頭で考えず身体で感じる映画だった。

 

 

ダンケルクの戦いにおけるダイナモ作戦は、いわば逃げ戦であり、激しい攻防があるものではない。つまり、映画化には到底向かない題材である。そこで、ノーランは本作を「脱出サスペンス映画」にすることで、その問題を解決している。

 

要は、観客に脱出劇のハラハラを追体験させることを目的とし、「臨場感をいかに演出するか」に振り切っているのだ。

セリフを極力排除する、主人公役にはオーディションで見つけた新人俳優を使う、CGを使わない、IMAX撮影にこだわるなど、そのこだわりは多岐に渡る。

 

実際、107分という、ノーラン映画としては短い上映時間も、観客がハラハラドキドキに耐えられる時間としては妥当なところであろう。

 

 

3つのストーリーの時間軸をずらす、というより時間の圧縮率を変えるという演出は、これもまた臨場感を出すための工夫のひとつであり、ノーランらしい上手いテクニックだと思う。(お手軽版『インセプション』といった感じか。)

 

 

本作にはドラマ部分が少なく、その点が批判されているようだ。しかし、『ハクソー・リッジ』のような一人の英雄を描く作品なら必然なのだが、「とある兵士」の恐怖を観客に追体験させる目的においては、ドラマ部分は観客に一歩引いた客観視のチャンスを与えてしまうため、不必要といえるだろう。

 つまり、ドラマ部分の省略は、本構成からして必然の選択なのだ。

 

 

 

本作をサスペンス映画として完成させるもう一つの演出は、敵兵であるドイツ兵の描写が一切ないことである。

例えば、映画冒頭、主人公は街中からの突然の銃撃に逃げ惑うのだが、銃撃がどこから来ているのかはまったく分からない。つまり、どこに逃げればいいのかも分からない。これだけで、「見えざる敵」から逃げるというサスペンス映画のできあがりであり、観客は映画の中に一気に引き込まれるのだ。

 

さらに、見えざる敵への恐怖感を煽る「音の演出」も素晴らしい。上空を舞う敵機のエンジン音からの爆撃音、船の中で銃撃されるときの銃撃音が、明らかに通常よりも激しく演出されており、観客に絶望感を抱かさせている。

終盤のチクタク音も、明確なタイムリミットがない作戦ではあるが、無意識のうちにタイムリミットがあるかのようなハラハラを演出する、古典的ながらスタイリッシュな技術であった。

 

 

 

なお、多数の民間の船が同時にダンケルクに登場するなど、ラストシーンは少し出来過ぎなフィクションの色合いが強い。確かに、そこには若干のプロパガンダ的意味合いを含めているようだ。

一方で、英国兵が同盟であるフランス兵を後回しにして救出していた点など、外すべきでない不都合な真実も描かれている、そこのバランス感覚はさすがである。

 

 

そして、ラストシーンでは、活躍したスピットファイアパイロットが絶望的な状況に落ちて終わるというのも憎い。つまり、「この作戦が完全な成功ではない」ということを観客に感じさせて、もやもやさせているのだ。

 

インセプション』ラストで、現実か夢かを判定するコマの動きを、最後まで描き切らなかったように。