ソロモンの偽証 後篇・裁判

【評価】★★☆☆☆
前篇で盛り上げた期待を超えられない。

【紹介】
宮部みゆき原作の同名小説を「八日目の蝉」の成島出が映画化した、2部作の後篇。
中学校で起きた一人の生徒の転落死の真相を明らかにするため、生徒たちはついに学校内裁判を始める。そこで明らかになる真実とは。

【批評】(ネタバレあり)
前篇ラストの予告編で期待しすぎちゃったのかなぁという感じ。

事件の真相はさほど意外なものではないし、裁判開始前に9割方ネタばらしされてしまう。観客としては、その9割のネタばらしを10割にしてもらうために、続きを見るわけだから、裁判前半の外野の証言にはまるで興味が沸かない。実際、裁判で証言されることは、そのほとんどが裁判シーン以前に明らかにされていたことで、観客にとっては繰り返しの説明であり、とても退屈。むしろ、それを聴いてがやがや言ってる傍聴人を見ていて寒くなってしまう。

唯一、三宅樹理の証言だけ我々の予想を裏切るわけだが、残念なことに彼女の証言を受けてその後の展開が変化するわけでもなく、まるで効果がない。一瞬法廷内はがやがやするが、次のシーンではもはやみんなその証言を忘れている。そしてなんと、最後まで彼女の証言はフィードバックされない。つまり、彼女は自分の証言について責任を負うことはない。
三宅樹理はこの映画のキーパーソンである(ともすれば神原くん以上に)だけに、もっと丁寧に救ってあげて欲しかった。


映画では、この事件の最大の原因について、詳細には、というかまったく語られていない。つまり、「柏木くんがなぜこの世界に絶望したのか」について説明がない。「偽善者だらけだ」からなのか何なのか、柏木くんの心理についてなにも語られていない。よって観客は柏木くんの自殺の動機を知ることはできない。その結果、もはや観客の目には柏木くんは「ただの中二病をこじらせただけの子供」にしか見えない。

そうなると、この映画自体が(我々観客を含めて)柏木くんの身勝手さに振り回されたものであり、なんとも後味が悪い。

そしてこのことは映画の主軸をブレブレにしてしまっている。

主人公の藤野涼子が学校内裁判を始めたきっかけは、柏木くんに「偽善者」と呼ばれたことによる罪の意識からだ。しかし、観客にとっては柏木くんはただの中二病なわけだから、藤野涼子が罪の意識を感じること自体に共感できない。

神原くんが学校内裁判をけしかけたのだって、柏木くん自殺の要因となりながらも裁きを受けないことへの罪の意識なんだけど、そのシーンを見る限り神原くんは悪くないと思われるので、やっぱり共感できない。

メイン人物に共感できないのだから、ラストの感動シーンもいまいちのれない。はたまた、藤野涼子の「あなただけが悪いんじゃない。私も悪いのよ」論は学級会のようにさえ見えてしまった。

2時間で終わる映画なら許せるが、3600円払ってこれでは後味が悪い。もっと描くべきことはあったのではないだろうか。